「慰安婦」には軍が関与していた

永井和『日本軍の慰安所政策について』という論文がネット公開されているのを知った。


この論文、かなり興味深い。メインのテーマは「慰安婦」の募集についての規制を含む1938年3月4日付の陸軍省副官通牒*1の解釈で、結論としては、「慰安婦の募集と渡航を合法化すると同時に、軍と慰安所の関係を隠蔽化するべく、募集行為を規制するよう指示した文書にほかならぬ」と言われているのだが、そのプロセスで警察資料を使っているのが興味を引く。以下簡単に内容を紹介。

当時、中国に渡るには渡航許可が必要であり、売春婦や業者にはそれは出なかった。また「軍に奉仕する売春婦を募集している」と言っている業者を、警察が新手の詐欺・誘拐だと判断して逮捕するという事件も起きていた。それに対して軍が事情を説明し、業者の釈放や渡航の許可を獲得していたという事実が警察の内部文書からわかる。

永井は、問題の通達は「そういうことが起こっているから慎重にやれよ」という趣旨のものであると解釈する。つまり、ここでは軍の関与は極めて明白である*2

更に、38年7月には警察が売春婦への渡航許可を方針化していて、問題の通牒はそれとも関連しているとも指摘される。

当時、警察は「慰安婦」の募集について、「一般国民、特に出征兵士の家族への悪影響」と「婦女子売買に関する国際協定違反」の二つを上げていた(後のほうは、どうやら未成年を売春に従事させることの問題らしい)。軍はこれに対応して「そういうことは起こさないように」という通達を現地機関に送ったわけだ。

というわけで、最初の結論になる。「慰安婦」の確保には軍や政府が関与していて、その力を使って色々なことを可能にしていた。そしてまた、それが世間に知られないようにしていたわけだ。

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あと、これは僕の想像なのだけど、日本でやるのが問題、ということになったところで「そういう心配のない朝鮮で集めればいい」という話になったのじゃないかなあ、という気もする。


こういうことを書くと大体予想がつくような反論があるので予め列挙しとく。

日本人による「慰安所」の証言集 http://d.hatena.ne.jp/dj19/20121213/p1
慰安婦」高収入説は誤り http://d.hatena.ne.jp/scopedog/20120323/1332519449
慰安婦」高収入説はビルマで発行された軍票の価値を誤ったもの http://www2.ocn.ne.jp/~adult/ianfu/pay2.html
米軍報告書関連についてはこちらの回答 http://oshiete.goo.ne.jp/qa/3045617.html

以上。

*1:この文書は日本軍が公文書で慰安所に言及した例として有名で、その意味については諸説ある。内容の現代語訳は以下の通り。「“副官より北支方面軍および中支派遣軍参謀長宛通牒案”  支那事変地における慰安所設置のため、内地においてこれの従業婦等を募集するに当り、ことさらに軍部諒解などの言葉を利用して軍の威信を傷つけかつ一般民の誤解を招くおそれあるもの、あるいは従軍記者、慰問者などを介して不統制に募集し社会問題を惹起するおそれあるもの、あるいは募集に任ずる者の人選が不適切なために募集の方法が誘拐に類し警察当局に検挙取調を受けるものあるなど、注意を要するものが少なくない。将来これらの募集などに当っては派遣軍において統制し募集に任ずる人物の選定を周到適切にして、その実施に当たっては関係地方の憲兵および警察当局との連繋を密にし、軍の威信を保持し、社会問題を引き起こさないよう、遺漏なく対応されたいhttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%BB%8D%E6%85%B0%E5%AE%89%E6%89%80%E5%BE%93%E6%A5%AD%E5%A9%A6%E7%AD%89%E5%8B%9F%E9%9B%86%E3%81%AB%E9%96%A2%E3%81%99%E3%82%8B%E4%BB%B6より一部改変

*2:永井の論文では、軍の文書に「慰安所」の開設マニュアルが存在したのではないかと指摘している。