ソウルにおける日本、のようなことなど

ソウルにまた行ってきた。

実は、僕はここ何年も韓国に行き続けていて、初めて行った2006年以来、この7年で7回目の渡航になる。

なぜそんなに何回もいくのか?

僕は特に韓国のどこが好き、というわけではない。タレントさんとかでも特にファンはいない(「イ・サン」と「推奴」は面白いと思ったけれども)。じゃあどうして、というと「面白いから」というのにつきる。初めて韓国に行ったとき(そのときはちょっと用事があった)、僕はあるところにこんな風に書いた。

実際に行ってみて、僕の中では韓国がなんとなく気になる存在になってしまった。好きというのとは違う。でも、嫌いでもない。時折、ふと、「あいつ今どうしてるのかな?」と思い出す。そんな存在に。

だって、色んなところがよく似てるんだもん。街の造りも、人の様子も、社会の仕組みもそっくりなんだもん。
それは、たとえて言えば兄弟みたいなものだ。そっくりだけど、ほんの少し違う。だから余計に気になる。時に苛々する。でも、縁を切ることはできない。

その気持ちは今も変わらない。日本と韓国は、ともに中国とアメリカ、そして大日本帝国の影響を強烈に受けているという点で、世界に二つとない良く似た国である。

もちろん、その背後には両国にとっての不幸な歴史というか、はっきり言えばその責任の大半が日本にある様々な歴史的な悪逆非道があるわけで、その後裔である僕としても呑気に「似ている」とか言っていられる立場ではないわけだが(実をいうと、20代のときに韓国に行くことができなかったのは一つにはそれが原因であった)、まあそれはそれとして。

どこがおもしろいのか。

そうだな、たとえばコンビニにおけるコピー機の問題がある。韓国には(もちろんというべきか)コンビニがあって、品ぞろえも出店場所も使われ方も、全体として日本のそれに良く似ている。スナック菓子があり、パンやおにぎりやラーメンがあり、飲み物があり、アルコールがある。ところが、コピー機だけがないのだ。

最初、僕は韓国でコピーをする用事があった時に、このことに大変困惑した。苦労の末に(日本語の「コピー」の発音が韓国では「コーヒー」の発音と同じになることも苦戦の原因であった)文具店に行きついたのだが、そこで改めて考えるのはなぜ日本のコンビニにはコピー機があるのかということだ。一体誰があれを利用しているのだろう。そもそも、費用に引き合うほどの売上げがあるのだろうか、もしあるのだとしたらそれが韓国にないのはなぜか…。等々と考えるのはなかなか楽しい(答えはまだ出ていないが、しかし、日本のコンビニのコピー機が「総合プリンター」のようなものに変身しつつあるところを見ると、コピーの利用者は少なくなっているのではないかという気はする)。韓国に行くと、日本のことを色々と考えるのだ。



さて。



今回、ソウルに行く前から、僕はひとつちょっと気にしていることがあった。それは韓国が日本との関係を薄くしようとしているのではないか、ということだ。韓国の指導層が政治的には中国寄りの路線を選びつつある、という話を日本の韓国専門家の方がされているし、日本のメディアも、そして韓国のメディアも言う。韓国を訪問する観光客も中国人が多くなり、業界も日本にはもはや大して期待していない、という話も流れてきた。これは正直なところ、僕も2011年の2月に(あの地震の2週間前だ)ソウルに行った時から感じていたことだ。以前はほぼ韓国人と日本人しか見なかったのに、観光客といえば中国人、という感じがどうもしていた。

もちろん、韓国の人に日本を好いていてもらわないと困るという訳ではないけれど、なんというか、世界の中で日本だけが独自の方向に走り続けるというのも寂しいもので、その辺どうなんだろうと思いながらの訪韓であった。

前置きが長くなった。さっそく写真をお見せしたい。



この日本語書籍だらけ(案内版だけハングル)の本棚は、ソウルの中心も中心、ソウル市庁や政府中央庁舎のすぐ近くにある大規模書店、教保文庫の光化門店で撮ったものだ。ご覧のとおり、日本でも発売されたばかりの新刊書がずらっと並んでいる。この隣では直木賞のコーナーも特設されていたし、会田誠をはじめとする話題のアート書が並んだコーナーもあった。それどころか、コミックから文庫まで、ずらっと本棚10棹以上が日本書コーナーなのだ。






こんな感じだ。もちろん、韓国語に翻訳されたコミックとか(これがまた実に多い)、小説とかのコーナーは全く別だ。

「今、誰か日本離れって言った?」の第一弾である。

もちろん、これとは別に英語の本のコーナーもあって、それは日本書の1.5倍くらいはあった。だから日本が特別扱いされているということではない。そしてまた、このコーナーはソウル在住の日本人を相手に商売をしているのではないかという気もするし、大変こなれた日本語の案内放送も流れていたから、日本人の店員がいるのも間違いなさそうだ。だから、「大勢の韓国の人が日本の本に親しんでいる」という話にはならないのだが、それでも、これは日本が嫌いだったり、日本に無関心だったりする国の景色ではない。

もう一つ、別の光景。


こちらは、ソウル南部の繁華街、高速バスターミナル(地名)の地下にあるGOTO MALLというショッピングセンターの一角だ。韓国では昔から高速バスが都市間交通の主要な手段で、だからターミナルはものすごく発達している。そのお客を当て込んだモールもすごい。で、その一角で「はなび」。このセンターは2012年に改築されたということで、だから昔からのがたまたま残っているわけではないと思う。また、商品や経営者にもとくに日本を連想させるものはなかった。場所柄からして、日本人の客をあてこんでいるのでもどうやらなさそうだ。純粋に訴求力のある記号として日本語が、しかもひらがなのまま使用されているのだ。

ついでにもう一枚。

ムジ、という単語が韓国語で特別な意味があるという話は聞いたことがない。また、この店は雑貨店でも西武グループの商品を扱っているわけでもなかった。アイコンとしての日本である。フードコートでは、日本食店や回転寿司もみかけた。


フードといえば、これも面白かった。

韓国の有名ファストフードチェーン、「キンパ天国」の看板だ。この店は海苔巻(キンパ(プ))のほかに色々な軽食を出すのだが、そのジャンルに「○○ドン」というものが加わったらしい。見た感じ、これはまったく日本の「丼」だ。音も一緒だし、どうやらこれは完全に日本のものがジャンルとして輸入されていると考えてよかろう。


それから、これは宿でみた朝のテレビ番組。

もし、僕の不勉強で(たとえば)メキシコのテレビでもそうだ、ということがあったら申し訳ないのだが、トークゲストが胸につけている楕円形の名札、全く日本のテレビと一緒ではないだろうか。というか、時間帯といい企画といいセットといい、どうみたってこれは日本の朝ワイドとおなじフォーマットの何かである。

テレビと言えばもうひとつ、CMでもちょっと面白い経験をした。実は、最初に来たころは韓国のTVCMにはちょっと違和感があって、これはYoutubeなんかで見るアメリカのCFに近いなあと思っていたのだが、今回はそういう違和感が消えていた。この点でも日韓は接近しつつあるようだ。

もちろん、これは韓国が日本をパクって云々というような話ではない。韓国のエンターテイメントが日本に進出してきているのは周知の事実だ。今回もテレビで「あ、これ日本でやってるドラマの第二クールだ」みたいな話があったし、地下鉄で「この広告の人、日本のタレントさんに似てるね」「KARAですよ、知らないんですか?」みたいなこともあった。両者は混ざってきているのだ。


もちろん、だからといって中国云々が根拠のないことだというわけではない。朴槿惠新大統領(今回の旅行の日程は、この大統領の就任式と重なっていた)は中国重視の政策を展開するらしいし、有名観光地では確かに中国人が多い。僕が行った景福宮でも日本人2:中国人8くらいの割合だったし、妻が行ったロッテデパートの免税店も中国人客メインだったらしい。とはいえ、そういう団体コースをちょっと外れると、夜の明洞ですら主に日本人と韓国人が歩いているという感じだった。そして何より、政治でも経済でもない、戦後の日本が営々と築き上げてきた市民生活の文化という面では、やはりまだ日本はアイコンとして機能しているし、日本で作り上げられたものが取り入れられ、さらに洗練されてフィードバックされているのも感じる。

そういう意味で、韓国と日本はやはり戦後国家として兄弟の国だし、まだ同じ方向を向いて走り続けていると感じた。どちらが先なのか、今後の力関係はどうなるのか、というようなことはわからないにしても。

そして、またもう一つ思うのは、これだけ近い両国が、もっといろいろなものを共有していないことの不便さである。たとえば、漢字のことがある。もし、韓国でも漢字とハングルの混交書きが今も使われていたら、韓国の人が日本語を読むにも、日本人が韓国語を読むにも、ずっと楽ができただろう。何しろ文法では共通する部分が多いのだから、お互いにかなりわかりやすかったに違いない(これは肯定的なことではないが、済州の4・3記念館に行ったときにそれを感じた。終戦直後のこの時期は韓国当局が漢字ハングル文を使っていて、おかげで調書などの意味がなんとなく理解できたのだ)。もちろん、これには中国との関係もあり、韓国内での教育や国語の改善運動などの関係もあって一概には言えないのだが、やはり漢字の廃止には日本による植民地支配の影響を消し去りたい、という全く当然の気持ちがあったことは間違いない。

なので、本当に日韓併合なんていう馬鹿なことが行われなければよかったのに、それ以前の保護国化とか不器用な革命への介入(しかも失敗)とかがなければよかったのに、と心から思う。あんなことがなければ、二つの国はもっと豊かな文化と社会を共同で作り出せていただろうし、朝鮮半島が二つに分断されることもなかったかもしれない。

もちろん、そんなことを言っても仕方がない。過去をより良いものにすることはできない。国際的な問題では、過去に対する評価を変えることだって難しい。だけど、未来は変えられるのだと思う。というよりも、未来はまさに今にかかっている。両国の関係がほとんど無意識化するほど親密になる一方で、違いや対立を強調する声がおおきくなっている。今度こそ豊かなものを作り出す方向にいくのか、それともまた50年後の溜息の原因となる失敗を犯すか。僕らはまさに今、そういう瀬戸際にいる。そう思う。