パレスチナとイスラエル

近所の公立図書館を荒らしてきた。その成果の一冊。

これはすごい。原著が出たのが1989年なので、オスロ合意とパレスチナ自治政府成立以降の重要な部分がフォローされていないのだが、パレスチナ問題についての基本的な文献のひとつに位置付けされうるのではないかと思う。
少くとも、僕がこれまで読んだなかでこれほど明確に問題の経緯が説明されているものはなかった。まあ、単純に僕が無知なだけだと思うのだけど、説明が素晴しく上手いのも事実だ。本には詳しい説明がないのでさっぱりわからないのだが、こちらのサイトによれば著者のマクドワルは「オックスフォード大学で地域研究を専攻した中東問題研究家」だということだ。

全体として言えば、インティファーダ(第一次インティファーダ)を中心に、19世紀末から原著が出た時点での近未来である21世紀初頭までのパレスチナ問題を非常に豊富な資料と現地調査をもとに包括的に分析した本、である。

この本で良いと思うところは沢山あるのだけど、そのひとつは地域の政治力学の根本的な動因であるパレスチナ社会とイスラエル社会、そしてアラブ社会の政治意識と動向をきちんと視野に入れていることがある。しばしば、この地域の問題は権力者や国家機構の思惑のみによって語られる。また、同じくらいしばしば、平和と安全を願う一般大衆の思いのみが語られる。だが、実際には人々はあるべき国際関係、国内秩序の姿を明確に描いていて、国家やさまざまな団体の動きは、それを反映したり、それによって制約を受けていたりするのだ。そういうことを、マクドワルは具体的に描き出していて、それだけでも一級品の政治・社会的分析になっている。

この本の第二のメリットは、イスラエルパレスチナ人に対して行ってきたことをこと細かに描いていることである。(今はヨルダン側西岸とガザの自治領になっている)占領地の状態は比較的良く知られているのだけど、イスラエル国内にもパレスチナ人は沢山いる。その人たちに対して、イスラエルが取ってきた政策が明らかにされている。
それは言語道断ということに尽きる。たとえば、パレスチナ人の村にはインフラがほとんど、あるいはまったく整備されていない。下水道もないというケースすらある。近代的な高速道路はイスラエル人の入植地は通るのだが、パレスチナ人の住む都市は無視している。医者は人口比でイスラエル人社会の半分しかいない。学校も教師も足りず、アラブ人の民族性を尊重した教育は全く行われていない。政府が住宅の建設許可を与えないため、多くのパレスチナ人が「違法」建築に住まざるをえない(もちろん、政府は気が向いた時にはいつでも、これらの建物を取り壊すことができる)。パレスチナ人の住む町が(人口が急増している地区であるにもかかわらず)政府の再開発計画の対象になることは絶対にない。
イスラエルの企業は政府の補助金を手厚く受けているが、パレスチナの企業にはその種の恩典はない。だから、当然競争では不利になる。多くの福祉制度が兵役経験者を対象として、あるいは政府ではなくユダヤ人の団体によって、行なわれるため、パレスチナ人には給付が一切ない。イスラエル企業で働くパレスチナ人はイスラエル労働組合に入らなければならないが、組合はパレスチナ人のための活動は行なわない。徹底的に差別されているのだ。

土地に関しても多くのことが言われてきた。こう書かれている。

パレスチナ人農民はさまざまな法的、行政的手段で、自分たちの土地に近付くのを拒否され、畑を耕せない場合もあった。三年続けて耕作しない土地は農務省が別の耕作者に渡しても良いことになっている。(p184)

つまり、イスラエル人の手に、ということだ。
パレスチナ人ではないが、ベドウィンのある部族の場合には、

一時的に移転させられたこれらの部族は、先祖伝来の土地が「所有者不在地」(そこに住んでおらず、閉鎖地域に閉じ込められていたのであるから)とされ、移転が恒久的なものであることや、自分たちの土地が開発や安全保障のために必要とされていることを知った。(p193)

というようなことがあった。完全な詐欺である。

もちろん、不満や反発が噴出するのだが、イスラエルは分割統治の手法、軍事占領、秘密警察の活用などによってそれを封じこめてきた*1。その詳細もまた記されている。

第三の優れた点は、パレスチナイスラエル双方の内情を詳しく書いたことである。PLOの諸派がこれほど明確に整理されている資料は初めて見た。そしてその他の政治組織、パレスチナ人の政党。もちろんイスラエルの政党、それからシオニズムの流れ。どういう力学がどう働いているのかを、非常に詳しく見ることができる。

そして、次のような示唆的が結論部分に置かれてある。

イスラエルパレスチナ人の地域を保有することを選択し、パレスチナ人に権限を与えるよりも、支配することを決めるなら、それは最終的に後者に平等よりも離脱を選択させるだろう。そしてイスラエルパレスチナ人が抑圧されているのを傍観していることはできないと考える占領地におけるパレスチナ人国家との摩擦を引き起すだろう。(p364)

イスラエル人の間では)事態が好転しなければ、不安が大きくなり、政治的な懐疑よりも政治的確実性を提供できる人々が支持されるだろう。ハト派の支持する和平路線には深刻な不確実性がばらまかれ、不安に取りつかれた国民はハト派と行動を共にする勇気を失うかもしれない。今はまだ控え目ではあるが、政治の動向はユダヤ人大衆が右派の支持する解決策を選ぶだろうということを確認している。(p368)

1989年の時点で、もうこれだけのことはわかっていたのだった。

ところで、この本は新刊としてはもう品切れになっているのだが、古本なら千円以下で買うことができるのを発見した。で、購入。ラッキーだ。

*1:インティファーダはそれらを巧みにかいくぐった運動だった。